http://www.bbc.co.uk/news/magazine-16552173

上記サイトを翻訳してみました。

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アセクシャルは他者に性的魅力を感じません。 何人かのアセクシャルは様々な経験を通じて「Coming Home(ここが、そうだったのだ)」という風に、自分がアセクシャルであることに気づくようですが、それが一生続くものであるのか、ある一定期間の経験であるのかはわかっていません。
多くのアセクシャルにとって、性的魅力と恋愛感情は別のものです。
あるアセクシャルには非常に親密な友情関係があります。そこに性的関係はなく恋愛感情のみがあります。
恋愛感情があるアセクシャルの何名かは、自身を異性愛か同性愛のアセクシャルであると認識するようです。

21歳のジェニーは、性的魅力を感じません。性愛が重視される社会で、アセクシャルはどのように感じているのでしょうか。
「私には『性的な関係を持ちたい』という感覚がまったく起こりません」とジェニーは語ります。
オクスフォード大学の学生であるジェニーは、アセクシャルであると自覚する1%のイギリス人の内の1人です。
アセクシャルは独身の選択とは異なり、性的指向であると説明されます。「人からはよく『試してないからでしょ?』と言われますね」と、ジェニー。「でも、例えば異性愛者の人は、自分と同じ性別の人間とセックスをしたいとは思わないでしょう?同性とのセックスは楽しめないということを、彼らはどうやって知ったのでしょう?…そう、試してみたことがなくても、それに興味を持てないということは、分かるものなんですよ」

アロマンチック・アセクシャル(アセクシャルの中でも恋愛感情の無い人=無性愛者)とロマンチック・アセクシャル(アセクシャルの中でも恋愛感情のある人=非性愛者)の間には違いがある。と、ウォリック大学の社会学者マーク・キャリガンは言います。「無性愛者は恋愛感情に対する魅力を感じない。彼らの多くは、触れられることを望まず、物理的な親密を望まない。非性愛者は性的魅力を感じないが、恋愛感情に対しての魅力は感じている。なので彼らは、性的交渉はないが恋愛感情を共有できる、親密になれる相手を探しているのだろう」

ジェニーの話を続けましょう。
ジェニーは異性に恋愛感情を抱く、ヘテロ・ロマンチック・アセクシャルです。性的交渉に魅力は感じないが、恋愛感情は抱くため、22歳のティムと恋人関係です。
しかし、ティムはアセクシャルではありません。
「多くの人は、彼が欲しがっているものを与えない彼女?なんて自分勝手だろう!と言うでしょうね。けど、ティムは幸せそうなんです。ティムは同じような性的指向の持ち主とデートへ行くべきかもしれないけど、それは彼の判断に任せています」とジェニーは語ります。
ティムは、恋愛感情のみに焦点を当てるジェニーとの恋愛関係が楽しいようです。時間をかけて彼女を知っていくことが楽しいと話します。
「ジェニーがアセクシャルだと告白してきたとき、変なの…と最初は思いました。けど、アセクシャルでないと決めるための証拠だって十分にあるわけじゃない。私は夜外出して誰かと関係を持たなければいられない、というほどセックスには執着していません。セックスに関心はあるけれど、それが全てじゃない」
ティムとジェニーの関係には、愛を確かめるために、抱きしめてキスをするという物理的側面もあります。
アセクシャルは、なぜ一部の人びとは、性的魅力を感じないのか、という科学的主題を持っています。
ジェニーは言います。
「私と同じように『ホルモンのチェックをしてみたら?薬を飲めば治るかもしれないよ』という風に、あたかも解決策であるかのようなことを言われて、混乱している人がいるかもしれません。『子どもの頃に性的虐待を受けたことは?』と尋ねてくる人もありましたね。私は、そんな事実はないと言っているのに『かわいそうに。あなたは子どもの頃に乱暴されたんだね』と決めつけられたことも。とても恐ろしい態度だと思いました」

ウォリック大学のマーク・キャリガンは、AVEN(アセクシャルのコミュニティサイト。アセクシャルならではの悩みや感情を共有する場として利用されている)ができるまで、アセクシャルは認知されることがなかった。そのため、科学的な調査がまだまだ不足している、と話しています。
「2001年まで、アセクシャルは定義すらされてなかった。実際に研究対象がそこにあるかどうかが、わかっていなかったからです」

また、アセクシャルは、性欲自体がない人(WSD)とは異なるため、発見が困難でもあります。
「性的魅力を感じないことで、人格障害のように分類されたり、性欲低下障害であるとみなされたりして苦しんだ人が、過去にいたかもしれません。アセクシャルという定義さえあれば、そんな風に苦しまずに済んだかもしれない」

アセクシャルも時折、社会的差別を受けるが、それは同性愛者が経験する、”わかりやすい差別恐怖”とは、また違ったものです。

「人びとが、アセクシャルを真に理解できないのは、定義が細分化されているからでしょう」と、マーク・キャリガンは話します。

—-以下は某結城さんが訳してくださいました!—-

「5,60年前だったら、実際誰かが自身をアセクシャルと定義する必要があったのか、あるいは社会は性的行動に関わらない彼らを受け入れただろうか?私はここにきわめて核心的な変化があるのだと思います。『性革命』は、我々がどのように性に取り組み、それを社会としてどのように考えるかという点において大変な価値のある変化です。私は研究から、社会には過剰な性別分化の段階がある、人々は単にアセクシャルという状態にあるのではないという感じを受けています。」

人間関係や性とふるまいの専門家のパム・スパー医師は、アセクシャルについてそれほど多く質問を受けてはいないことを認める。
「私が相談者に回答をするとき、あるいはアセクシャルに関して質問していた他の仕事で何度かあったのですが、それがかなり稀であるために、しばしばアセクシャルであることをものすごく隠したがる方が見受けられました。」とスパーは言う。

世間ではあらゆる性衝動について語ることは容易になされているが、アセクシャルそれ自身は広く議論される主題ではない、と彼女は述べている。

「たとえばヘテロセクシャルという概念は、ホモセクシャルが登場する以前にはありませんでした。自らを同性愛者と呼ぶ人が現れたときにようやく、彼らが自身を異性愛者だと思うことが成立したわけです。」とキャリガンは言う。
「もし人口の1%がアセクシャルというのが事実で、より多くの人が彼らに対して自覚的になれば、性愛者が彼ら自身をどのように考えるかが変わるでしょう。アセクシャルでない人々を指すためのもっとも適した言葉、というのが今はありませんから。」

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